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6月のおついたちができあがりました。

平成26年6月(水無月)のおついたち ~ 日本のうめぼし ~

空も青く気持ちの良いそよ風の季節から本格的夏に入る前の6月は梅雨を迎えつつ、衣替え、梅干漬け、赤梅の焼酎付け、夏迎えの支度、水無月の健康厄払いや、新茶を楽しむなど、ひと昔前ならたくさんの家庭仕事が忙しくもあり楽しくもありの水無月を迎えました。 板橋の梅専門店の店主「延楽梅花堂」乗松祥子さんは一生を梅に魅せられ、以来、45年「梅干しは日本の食文化の原点と考えている」と厳格な梅しごとに人生を投じ、「百年もつ梅干作り」を目指しています。 太陽の光を燦々と浴びた梅干しや、爽やかで甘酸っぱい梅ジュースなど、クエン酸豊富な梅だけがもつ豊かな風味が、日本の食卓を意義あるものに押し上げます。 乗松さんが、命をかける気持ちで研究しているのが、神奈川県下や小田原市や横浜市の杉田地区に残る「杉田梅」という梅の品種。大粒でしっかり酸っぱい。昔は食卓にあたりまえに食したあのまっとうな梅の中の梅と呼びたい昔の「梅干し」のことでしょうか。 梅雨明け、土用入りのころ、大地から大量の水蒸気がたちのぼる頃、この期間に梅が“汗”を発散するように干すのが、おいしさの肝だそうです。 どちらの台所にも奥の下の方に、年々ものの梅酒、又別の年の梅酒と飲むことを忘れられている梅酒があるのではないでしょうか?思い出して古い梅酒に新酒を混ぜるなどしてブレンドして楽しんではいかがでしょうか。 梅干しのすっぱーい極上品が今年の夏に手に入ったなら梅出汁のそうめんやトマトの梅酢マリネなど梅干しのいろいろな使い方も季節の楽しい味わい方ですね。 「梅干しおばさん」乗松さんのホームページはこちら http://www.sugitaumeobasan.jp  今月の「おついたち」は、紫陽花、さくらんぼ、雨上がり、金魚鉢、初夏到来の枇杷、求肥入りの鮎など、季節いっぱいの詰め合わせです。


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5月のおついたちができあがりました。

平成26年5月(皐月)のおついたち ~ 夏入る ~

万緑の 中や吾子の歯 生え初むる  中村草田男

五月は夏のはじまり...。 初夏を迎えました。藤の花、あやめ、あじさいと次々と目を楽しませ、桜の巨木も青々と葉が生い茂り太陽に数多の葉を差し出し、地下からは大量の水分を吸い上げて、すべての生命が天地の恵みなくしては生きられないことを教えてくれる生命みなぎる躍動の月。人間も卯の花の風に吹かれじっとしていられなく、空の碧さがあてどもない散策へ誘います。もうすぐ蝉の声も聞こえはじめれば、翠緑の木陰を求めて松林の中などもおもしろい。松林を抜ければ小高い砂丘が...。足元には浜豌豆がひっそりと咲き、見下ろせば鱚を釣る人がそこここにいて楽しい。砂浜に寝転んで目を閉じると「浜辺の歌」や「椰子の実」の懐かしい旋律が聞こえてくるようです。
 さあ、外に出ましょう。太陽のエネルギーをもらって元気に夏を迎えましょう。

今月の「おついたち」は初夏の水辺をテーマにいたしました。どうぞお楽しみください。
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元気で生きる 主人 田口 恵美子
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4月のおついたちができあがりました。

平成26年4月(卯月)のおついたち ~ 桜に染まる春 ~

春霞 たなびく山の桜花 見れどもあかぬ君にもある哉  古今和歌集 紀友則

 いにしえより日本人の心、暮らしに深く寄り添ってきた桜が、廃城となった城に植えられ始めたのは。明治時代中期以降のことと云われています。春の風物詩、お城を薄紅色で包み込む満開の桜―。
城に咲く桜の風景は日本の春を象徴します。そのほとんどは染井吉野だそうですが、古い時代からあったわけではなかったようで、染井吉野は明治以降、昭和初期まで、意図的に各地に植えられました。徳川色を一掃したい明治政府は江戸時代のものを次々に排除していきました。廃藩置県や廃城令もその一つで、これにより城は荒廃しますが、主だった城址には富国強兵の時流に乗せて、新たに組織した軍隊の師団を置き、軍人の精神の象徴として城に桜を植えたようです。そのときに選ばれたのが、当時人気が出始めていた新しい品種の染井吉野だったそうです。成長が早く、植えて十年も経てば一人前となり、一斉に咲き、一斉に散る潔さは、前へ前へと向かう時代の象徴にもなりえたのです。

 一年のわずか数日、世界の人が羨むハレの日を私たちに提供してくれる桜。国内外の不穏な情勢や気候の異常に不安を感じる現在、今までの桜の歴史をかみしめ、いつまでもこの桜が楽しめるよう希いたいものですね。

 今年は天皇さまの「国民とともに同じ道を歩んで生きたい」とのお声がけで、皇居の乾通りの桜並木が4月4日から4月8日まで、初めて一般入場できるそうです。都会の喧騒の中の桜とは違って長い年月、自然豊かな林の中で育った桜はまた違う枝ぶりを見せてくれるかもしれません。

 今月の「おついたち」は桜で満開にいたしました。

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どうぞ箱の中のお花見もお楽しみください。
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3月のおついたちができあがりました。

平成26年3月(弥生)のおついたち ~ 日本国中のお雛さま ~

老いてこそ なほ懐かしや ひな飾る  及川貞

 春、芽吹きの頃、今年も全国でお雛さまのお出ましです。
荒川区南千住の素盞雄神社ではお役目を終えた様々な雛人形が200種類はあるでしょうか。いくつもの杜の舎にぎっしりと雛が飾られています。祖母がよく「人形が人形を呼ぶ」と申しておりましたが、人形たちは数奇な運命を経て長い年月をかけて縁あってあの神社に集まってきました。一つひとつの人形にはきっと数多くの思い出が秘められ、見に訪れてくれる人間に人生を語っているのでしょう。一度訪れれば毎年行ってあげたくなることでしょう。

 千葉の勝浦にもちょうど今頃行きましたら、街じゅうにお雛様が飾られ、神社では石段に緋毛氈を敷き50段はあろうかという階段雛が鎮座しておりました。
京都の賀茂御祖(かもみおや)神社、通称下鴨神社では毎年3月3日に桟俵(さんだわら)にのせた雛人形を境内の御手洗川に流し、子どもたちの無病息災を祈る神事が行われるそうで、これは宮中行事を再現したもので、平安時代から続く神事。お雛さま役の男女が衣冠と十二単で扮装する華やかなセレモニーがいちばんの見処です。

 奈良時代以前から畿内と因幡地方を結ぶ主要道であった因幡街道(通称上方往来または智頭往来)と岡山に抜ける備前街道(備前往来)の交わる智頭は、周囲を山に囲まれた趣ある宿場町です。「智頭(ちづ)」の呼び名は、この地が古くは因幡国から見れば官道の先端であり、道のことをかつては「ち」と呼んだことから「道の頭」という意味でついたといい伝えられています。因幡街道に面して建つ石谷(いしたに)家は屋号を塩屋(塩商い)といい、元禄4(1,691)年、鳥取城下から移り住み、本拠を構え大きく繁栄しました。現在でも六年目ごとの式年造営が行われている諏訪神社に隣接した石谷家は、3000坪の敷地に部屋数40余り、七棟の土蔵を有します。以前のことですが「因幡街道ふるさと振興財団」によって運営、管理された各部屋には蔵から出された石谷家の雛人形が飾られていました。今は判りませんが、町中でも子どもたちの声が消えた頃、闇に包まれた町で格子の中に雛人形の姿が浮き上がる情景はほろ酔い気分で一軒一軒覗きながらの観賞会となり各家庭に受け継がれてきたたくさんのお雛さまが勢揃いしているのを見ることができました。ほとんどが大正期から平成までの品々ですが雛人形の一つひとつに子どもの成長を願った親の愛情が込められていたことでしょう。まちにまった雛まつりは食料品店にも美容院にも飾られる雛人形。昭和の香りのする商店街の夜は映画のワンシーンと見紛うほど。今までに出会ったことのない風景にもかかわらず、なぜかとても懐かしい心地がします。
日本全国、東北地方、山陰地方、関西地方の旧家や山里には今年もまた、大切に蔵から出された雛人形たちが飾られることでしょう。時間をつくってどこかそんな場所に半日くらいゆっくりと昔日を偲びつつ過ごす時間は何とも貴重です。全国の春待つ心が込められた雛めぐりを、春の旅行の予定に加えてみてはいかがでしょうか。

 今月の「おついたち」はお雛さまに召し上がって頂きたい数々の可愛らしいお菓子をおつくりしてみました。男雛、女雛、鼓、桜、菱餅、桃、みかん、りんご、甘酒の瓢箪を詰めあわせた雛箱です。お雛さまの気分になってお召し上がり下さい。

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2月のおついたちができあがりました。

平成26年2月(如月)のおついたち いにしえより愛され続ける春告げ草~梅百景~

 まだ冬も終わらぬ季節から、なによりも早く花をつけ始める梅。花になごりの雪をのせる姿や、春を待ちわびていた野鳥を枝にいざなう姿には、春爛漫のころに咲く桜とは違う、早春に咲く花ならではの凛とした美しさがあります。また、花期が長いことも梅の魅力のひとつですね。
 『古今和歌集』仮名序より
難波津(なにはづ)に 咲くやこの花 冬ごもり 今は春べと 咲くやこの花 -王仁(わに)-
 
 梅には実に多くの品種があります。中国からの渡来種のほか、江戸時代には品種の育成や改良が活発に行われたことで、現在では三〇〇種類を超える品種があるといわれています。園芸学的には観賞用の花梅と採取用の実梅に大別されます。花梅は中国からの原種に近く豊かな香りのする野梅系と、枝や幹の中が紅く、庭木や盆栽に使われることが多い緋梅系、そして梅と杏の雑種で桃色の花が多い豊後系に分かれます。一重や八重の花、早咲きや遅咲き、枝の色、葉の形、香りと品種ごとさまざまな個性で楽しませてくれます。
 
 また文香とは手紙に入れる香のこと。この文香は江戸時代の型紙をもとに、型に掘って小刀で和紙を切り抜き、色を摺り、細かく砕いた香を入れて貼り合わせてつくります。
また室町時代以降の水墨画でも梅がたくさん描かれます。禅宗を伝えた中国で禅僧が好んで描いた梅の水墨画を、日本の禅僧も盛んに描いたためですが、禅宗の寺では梅を植え、その花を愛でることが盛んに行われたようです。梅は水墨画ばかりでなく花鳥画にも好んで描かれてきましたが、特筆されるのは工芸の意匠として、いつの時代にもさまざまに描かれてきたことです。松や竹と並んで吉祥文様の一つとして親しまれ、また早春の季節感を表す格好の文様として好まれてきました。梅がこれほどまでに工芸の文様として重用されたのは、一つには枝先に向かって次々と蕾が開いていくさまが、家の繁栄と重ね合わされていたことにあるようです。また花の形が単純でありながら端正であること、開いた花と蕾を描くことで、梅の個性を表現しやすかったということなどが挙げられます。
 
 「梅が香(うめがか)」、「難波津(なにはづ)」、「此の花(このはな)」、「霜紅梅(しもこうばい)」(」)、「未開紅(みかいこう)」、「寒紅梅(かんこうばい)」。梅に名づけられた風雅で情趣的な名前からも、花はもちろん、「梅」の咲く春を心待ちにしていた人々の気持ちが伝わります。個々の梅を較べてみれば梅見がまたいっそう楽しいことでしょう。そして節分が終わるともう立春です。
 
 ということで新年初めの如月の「おついたち」のお菓子は「梅百景」。
梅を包んだ餅の「霜紅梅」、紅白の梅を散らした羊羹製の「此の花」、梅のピューレを練り込んだ焼き菓子「梅が香」。それに節分の「お多福」(上用饅頭製)、「赤おに」(練り切り製)も加えて…様々な梅菓子での梅景色、ご賞味下さいませ。

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元気で生きる 主人 田口 恵美子
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